何番目の君? 
〜大戦時代捏造噺

  


 北軍領土の内でも やや南方寄り。周辺には、どちらかといや長閑な穀倉地の痕跡と、最寄りの街への一本道が続く荒野があるだけの辺境区。一応は正面きって南軍と睨み合う格好の位置取りにあるから、立派な“前線”ではあるけれど。そうはいってもこの辺りの戦域は、直接奪い合ってもそれですぐさま何かしらの恩恵があるような、何かの産地や飛び抜けて繁華な町、航路・空路に間近い訳でなしと来て。敵からの直接の奇襲や空襲がかかることも、逆に、こちらからの作戦本部とされることも、稀となって久しいのだとか。よって、このところの出撃はといえば、中央司令部からの、会戦予定へ於ける作戦指令や通達によって、その期日や配置が割り振られるものばかりと化している。何の準備もないままな突然、頭上からの機銃掃射の雨を食らうよりは、万全な態勢で臨める方がましに決まってはいるけれど。間違いなく命のやり取りをしている“戦さ”というものは、そんな悠長に取り掛かるものだろかとも思わないではない時期が、此処へと配置された当初は、結構あったものだった。そんな此処には、只今の現在、ちょいと恐ろしいお方々がいる。


  北軍南方○○支部 空艇部第二小隊。


 この、拠点としている支部基地内のみならず、南方方面担当の軍関係者においてと…いうほど広範な面々へ、隊長の名を取った“島田隊”で十分通ってしまうほど、勇名と存在感を広く知られた“斬艦刀乗り”たちの部隊であり。作戦は大胆であったり緻密であったりと多種多様。セオリー信奉だけはあり得ぬ、それはそれは柔軟自在な展開を、実地で可能にするだけの駒にも恵まれており。始まりは突貫の急増部隊だったもの、それがこうまでの冴えた能力を培ったのは、ひとえに隊長への人望あってのことと言われている。怜悧な俊英とか天才という訳ではないが、若いうちから老獪老練な策をここぞと繰り出す軍師としての才に長け、そして何より、自身で先陣切って斬り込むその戦いっぷりの頼もしさと鮮やかさが、後に続く者らを理屈抜きでぐいぐいと惹きつけた。その一方で、こんな無鉄砲な指揮官の下では働けぬと嗅ぎ分けた者らが あの手この手で去るのへも、そんな魂胆に気づいていながらさして頓着しなかったその結果、悪運が強いところまでが似た者同士な顔触れが、居残ってしまったそのまま、今へと至っているという感があり。

  ―― そこへと何年振りかに新規配属されたのが、士官学校を出たてのルーキー

 しかも、隊長付きの副官として、だったので。異例も異例ではあったが、それを言やあ、こうまで忙しい部隊だってのに、その隊長がこれまで副官なしで通して来たことの方が十分異例。右も左も判らぬ新参者とはいえ、利発でその上、肝の座ったじゃじゃ馬なところが先輩隊士らにも大いに受け。異例の登用にまつわる何かしらも、結局は明かされぬままながら、まだまだどこか青々しさの名残りの強い風貌を可愛がられつつ、部隊にも そして戦さにも、日に日に馴染んでいる模様の うら若き副官殿であるらしかった。




  ◇  ◇  ◇


  ―― 上へは果断に 下には篤く

 そうという指針を誰ぞが公言されたためしは一度もないのだが、それでもいまや島田隊における不文律になりつつある傾向で。そもそも頭数が少ないことも手伝って、上下という感覚が薄い小隊。あるとしたらば司令官への敬慕崇拝ベクトルが全員一律なことと、後は…年齢差くらいのものだろか。となると、小隊内では当てはまらぬ方針で、隊の外への気概を指してるとしか言いようがなく。
『これはやはり、隊長殿のなさりようを見てのこと。その爽快さからこうありたきと、皆して右へならえをしてしまうのでしょうな。』
 しみじみと言った年上の部下の言、しょっぱそうな苦笑を浮かべて聞いておいでだった勘兵衛様だったとか。




 会戦への出撃こそがお役目だとはいえ、戦火が長引き、それにつれ、こうも戦域が拡大してしまうと、陣地の取り合い、輸送路の寸断合戦などなどといった進攻作戦への直接戦場になっている地域とそうでないところというのも出て来るもので。いくら精鋭部隊でも全ての戦さへ頼みにされるようなことまではなく、となれば、待機の時期もそこそこ長い。その間には、装備の補充のみならず、休養をとり、鍛練を積み、英気を養うのは勿論のこと、それらと並行して…先の戦さに於ける装備や編隊の運用報告やら、物的・人的補充の有無の確認、懲罰に足るような違反造反の有無の報告などなどと、多岐に渡る報告資料の作成という後始末が待ってもおり。

 “まあ、本来だったらこれこそが副官のお役目なんだろうけれど。”

 装備や備品の補填へのチェックシートの束に、会戦中の運用日報の綴り。それぞれの艇に搭載されているデータボックスから取り出した記録を隊士各自に書き起こさせた“作戦行動明細”に、各機の整備記録。上からの辞令や通達、下からの陳情要望、etc.…。部隊長殿が執務室にてやっつける格好となろう当面の“敵”である、事務方のあれやこれやへの補佐で、やはり一日中 拘束されてしまう身なのが、部隊長づき副官こと、七郎次という うら若き新米隊士殿。彼もまた、実を言えば…こういうデスクワークはあまり得手ではないらしかったが、そんな自分以上に おおらかと言うか大雑把と言うか、戦略への周到綿密さをこういうところで相殺してどうしますかと思うほど、書面を相手には どんぶり勘定な処断や手配、やらかすことの多かりきな勘兵衛様だったりしたものだから。表向きには、

 『二度手間になるよりも、先にやっつけておいた方が効率的だから』

 などと、いかにも生意気そうに聞こえるような言いようをしておきながら。実を言えば、誰にでも出来ようことで この素晴らしき御主を煩わせるのがどうにも落ち着けないからというのが本当の本音。自分がやれることへはどんどんと手を出し、そうとなれるようにと日を追い刻を追い抜く勢いで職務のノウハウを学び。しまいには…物によっては署名さえもらえれば 実はもう手をつけさせているというような、段取りへの先回りも辞さないほどもの、手回しのいいやり手へと育つのも時間の問題というその下地。此処でこうして身につけた副官殿だったりもするのだが。まま、そういった機微は後年になってから しみじみと回顧していただくとして。

 「七郎次様。」
 「シチ兄様。」

 そろそろ蒸し暑い季節となって来て。気の早いことに袖の短い…本来ならばインナーのシャツを、黒地だからまま構わぬだろと、上はそれ一枚になっての軽快な恰好で。空気もむんと籠もりがちな分隊専用の備品室にて、バインダーを片手に装備品の在庫を確認していた色白金髪の麗しき副官殿へ。彼をこそ目当てにと、無作法にも窓からお顔を覗かせて声を掛けて来た者らがある。それほど大きくはない引き上げ式の窓だが、それでも2人ほどが一度に、一人は上半身を突っ込みかねないほど身を乗り出して来てもいて。それだけでいかに小さな来訪者たちかが見て取れる。そんなところから顔を出しているということは、そちらさんたちは体が空いている身なのかもしれないが、
「こらこら、お前ら。」
 こちらはこれでも職務にあたっている真っ最中。それでの“こら”かと思いきや、
「そんなところに集まって、危ないことをするのではない。」
 その窓の向こうはと言えば、さして幅がないそのまま、すぐの後ろに大人の背丈ほどもの土手が抉れているような位置取りでもあったため。そういう意味合いからの“こら”を与えてから、何用かと作業の手を止めて、結局は訊いてやるところなぞ。分隊の中では最年少だというに、なかなか頼もしい先輩振りを見せる七郎次であり。

 「太郎丸が先の車輛会議の会議録の複写をと命ぜられたのですが、
  会議録ってゆうのは例外なく“公文書”ですよね?」
 「だったら、複写は予備のもう一通も取らねばならぬのではないかと、
  吉之助が言うのですが。」
 「だから違うって。それはどこか遠くへまで原本を持ち出してしまう場合だけだ。」
 「でもでも、文書管理課の上総之介様は、
  こちらの原本から確かに複写しましたという証明が要ることとなろうから、
  それと照らし合わせる用にもう一通用意せよと前に言われたぞ?」
 「何でそれが“証明”の足しになるんだよ。」
 「そうだそうだ、どういう理屈だ。」
 「理屈までは訊いてないもの。」
 「何だよ、中途半端だな。」
 「そういう小三太だって、
  斬艦刀の防人システム、説明出来なかったじゃないかっ。
  中途半端はお互い様だ。」
 「あれは…俺らは操作だけ飲み込んでおればいいのだと勝丸先輩がっ。」
 「第一、間違ってたら太郎丸が困るのだぞ?
  それを何で吉祥が、それも決めるのは自分だみたいに言うかな。」
 「うっさいな、だからシチ先輩に訊きに来たんじゃないか。
  お前こそ、組も違えば同期でもないくせによ、関係ないだろ?」
 「何だとォ?!」

  「あーこらこら、話が逸れてるぞ。」

 煤払いも兼ねてのこととて、大きく開け放たれてあったドアからも丸見えの賑やかしいやりとりへは。雀の喧嘩のようで何とも微笑ましいことよと、通りすがりの他の皆様がたも苦笑混じりに見守っておいでになるばかり。そして、当の本人たちはと言えば、

 「まずは、会議録の複写の件だが。」

 チビちゃい面々を黙らせてから、頼られたお兄様が改めての整理しもって話を聞いてやり。どなたがお命じになったものなんだ? 他所の方面基地の上官様か?違うのか? たいそう分厚いものを全編か? 今年度 第29回分だけ? ならば、文書室の複写機で取れてしまえるのだろ? 上総之介殿が予備が要ると仰せだったのは、恐らくは内容証明を必要とする、遠隔地へ送付する場合の話だ。中にこういう書類を入れたのを確かに送りましたと、それを証明するため、通信部に預けておく“予備”が要ると、そう仰せだったのを、つい思い出してしまったのだろうさ…と。訊かれたことを、まずはと懇切丁寧に紐解いてやった七郎次。わあそうだったのかと、確かなところを聞いたことにて安堵し沸く中、ほれ見よという したり顔をする者が何人かいるのへは、

 「誰か様へ訊かねば判らなかった、
  若しくは、相手を納得させられなかったことには違いないのに、
  ほらご覧と偉そうにするのはお門違いぞ?」

 此処にいる全員、皆してレベルは同格ってことだ。それを努々
(ゆめゆめ)忘れるなよ、よいか? ぴしりと言って鼻白ませてから、
「判ったら ほれ、とっとと持ち場へ戻れ。俺はこれでも執務中だ。」
 言葉のみならず、ペンを持ったままの手までも振って。邪険を装っての“ほれほれあっち行け”と、いかにも煩げに追い払うよにして見せるものだから。

 「あ、ひどぉい。」
 「シチ兄様、意地悪。」
 「執務と言っても勘兵衛様はおいでじゃないじゃないですか。」
 「だ・か・ら。これは俺単独で責任担当の仕事なの。」
 「じゃあ私、今は手が空いてますから手伝います。」
 「あ、彦左ずるいぞ。俺だって。」
 「私もっ。」

 どこの小学校か中学ですかという賑わいになってしまうのも、ままザラなこと。これが度を超しての収拾がつかなくなると、さすがに“官舎内で騒ぐとは不謹慎な”と総務辺りから教練担当官がすっ飛んでも来るのだが、この頃では七郎次の側でこそ慣れたものか、

 「親切心は嬉しいが、お前ら使うと後が怖いから遠慮しとくよ。」

 何ですよ、それ。だから、お前らを顎で使って俺がサボったように言われるんだよ。此処はいいから持ち場に帰んな。わざとに蓮っ葉な物言いをし、いかにも不機嫌そうに“帰れ帰れ”と追い返すにも関わらず、それでも2日と置かず、またぞろ兄様教えてとやって来るほうに、

 「五十銭。」
 「あ、俺も。」
 「こればっかは賭けにならんぞ。」
 「そだな。」
 「それよか、
  あのチビさんたちが研修期間を終えたら、おシチがどっと老け込むへ五百銭。」
 「あ。俺は五百五十銭。」
 「何の、甘え放題の身に戻れるとあって、
  甘え上手がグレードアップするへ、五百銭の倍、一貫だっ。」
 「おおおっ。良親、鋭い。」

 こらこら、第二小隊のお兄様がたまで何ですか。
(苦笑)




        ◇



 日頃からでも何も大人しかいない支部基地ということでもなく。例えば、共有部の清掃やら賄いの手伝い、こちらは総務の管轄ながら、急ぎの通達 しかも大きな書類つきとか、電話で伝えるは非礼にあたろう正式辞令の伝達のお使いに、備品や消耗品の買い出しなどという雑事を請け負う、まだ十代に違いない小さいのが裏方では結構ちょろちょろしてもいる。但し、軍務に直接関わること以外へは、当地で急募されての雇われた、小さいながらも尊い労働者があたっており。そんな彼らとは違うクチ、七郎次を慕ってのこととはいえ、とんだ課外授業っぽい騒ぎを呈した一幕をほのぼのとご披露した顔触れたちは。あれでも一応は、北軍に籍を置く“軍人”である。ただ、例えばその制服も、よくよく見やれば微妙に異なるそれを着ており。というのも、彼らは“学徒参加”の面々だからで。現在ただ今 南軍との激しい交戦中…という戦域ではないとはいえ、通達さえあればそこへと直参部隊を送り出す基地。舎内には、既に幾度も死線を乗り越えましたという、荒くたい隊士らが多数常駐していて何かと放埒だったりするわ、此処自体が空爆目標として敵に狙われかねないわ、決して安全な所とも言えぬ場だってのに。まだ学生だろう青々しいのから、ともすれば幼年学校生らしい年頃の幼子までと、いやに可愛らしいクチの連中が居もするとは、ちょいと不思議な段取りで、さて“そのココロは?”といえば。

 「あれって、行儀見習いっつか、先々で“副官”になる予定の顔触れなんだろ?」
 「ああ。それも上級文官、いわゆる官僚たちへのな。」

 ここよりもっと大本営や本陣に間近い、本部都市周辺や、そこからは洩れたとしても、一般の民間人が住まう非武装都市の支部に配置されよう、まあある意味“恵まれた”クチの文官系軍人となる予定の和子たちというところ。今のところはまだ徴兵制も制定されてはいないし、よって兵役も義務化されちゃあいないけれど。少しずつながら戦域が広がりつつある現状を鑑みてか軍部は拡大の一途を辿ってもおり。となると、軍部系省庁の拡大に伴い、官僚とそれへ付いて補佐する事務官も先々で多数動員されるはもはや必然。

  ―― ということは。

 家督を継ぐ長子以外の次男三男ともなると、長じては家内に身の置き場も無くなり、自然と危険な戦域へ出てゆくのが武家や中級以下の華族の習いであったものが、そうしなくともいいとする道が多数出来たようなもの。とはいえ、本来ならばそちらもそちらで厳重な審査なり適性試験なりがあるところだろうに。蛇の道はへびとでも申しましょうか、何年かこういった“研修”を受けた身であれば、戦況というものに明るく事情に通じた“即戦力”ということで、採用されやすうもなりましょうと、そんな抜け道を考えてのお膳立てする手合いもいたりしてのその結果が、ああいうひよこたちまで駆り出すような戦況なのかと誤解されそうな、各支部の受け入れ態勢…となりつつあるのだとか。これもある意味、膠着状態化しつつある戦況を甘く見ての弊害というものであろうか。

 「今時は、長子さえ無事でいりゃあいいって家ばっかじゃあねぇからの。」

 親御ならばどの子も可愛いには違いないしの。いやまあ、それもあるけれど。官僚格の存在へ少しでもお近づきになれれば重畳…なんてな考えが、ついつい湧いちまう欲深な大人は いつの世にも居ようから。
「…成程。それでこんな辺境の支部にまで、そういうのの“候補生”があんだけも送り込まれてるって訳か。」
 本人が志願してやって来て、日々 命張って頑張ってましたという世代には、何とも苦々しい思惑がらみ。まずは命大事というのが前提になってる面々だということにもなるけれど。どっちにしたって半分ほどは時代がそうさせたようなもの。戦さなどという物騒なものが常態でなければ、そも必要じゃあなかった“抜け道”とも言えて。その手のものへいちいち評したり論じたりなんてのは、するだけ空しいことなのかも。
“ましてや、現場の俺らが何やかや言ってどうにかなったら世話はないってな。”
 まま、にぎやかなのも華があって良いことじゃあないのと。久々の新顔が入ってからこっち、若い子らへの免疫がどっとついたらしい島田隊の皆様におかれては、直接の面倒がかかっている訳でもなしと、さして目くじらを立てるでもなくの、すっかりと傍観の構えでおいでの模様。

 「…にしても、」

 唯一 傍観者でいられないお立場らしき約1名へ。天井の高い大食堂での昼食の席にて、ひょいと話を振ったのが。キツイようなら俺らに話を振りなさいと、何についてでも常々思いやって下さっている、公私ともに頼りになる双璧のお二人、良親殿と征樹殿。
「よほどのこと懐かれているが、おシチがああまで面倒見がいいとはの。」
 そりゃあまあ、他のむさ苦しい面々に比べれば、青々しさが目を引いてあまりある若手だし。向こうさんも一応は“軍人”扱いで派遣されとんだから、文官の面々とは微妙に没交渉…ともなりゃあ、
「取っつきやすかろお前様へ、ワッと寄ってくのも判らんではないが。」
「何だかそれって、お遊戯担当のお兄さんみたいな言われようですが。」
 他人ごとだと思って・もうと、細められると深色を増す、青玻璃の目許をきゅうと眇め、膨れっ面を呈した七郎次ではあったけれど。昼食のトレイをほぼ空にしただけの健啖さが出ている以上、あれだけのパワーあふれるチビさんたちからまとわりつかれること、さしたる負担と思ってもないらしいのは明らかで。
「まあ…小さい子へと構いつけるのは嫌いじゃあなかったですしね。」
 そうと言いつつ、さっと席を立つ所作もなめらかに。間近だった茶用のテーブルまで立ってゆき、蓄電式の電熱器にかけっぱなしな薬缶からとった湯で人数分のお茶を淹れたは、ちょうど御主が手際よく食べ終えたタイミングを見計らってのこと。どうぞと供された和茶は、官舎にも配布されているのと同じ銘柄の同じ茶葉から淹れたそれな筈だのに、

 “…なんでこうも、香りが立っての芳ばしいかな。”

 湯もまた同じ水道のそれ、しかもいつから沸いてたものかも怪しいそれなのにね。大事な方へのおもてなしの基本は“真心”だそうで。御主に美味しいものを差し上げたくてという想いをこめての、これも修養の差でしょうかしらと。ふとそんなことを感じさせられた一服に、双璧のお二人もじんわり心和んだのはともかくとして。
「お前って…その、郷里には弟や妹が大勢いたりすんのか?」
「何ですか? そんな訊きようなさったりして。」
 微妙に言葉を濁した征樹へ、今更言い淀むなんて何ですかと瞬きをして見せた七郎次だったが、それへは…同席していた勘兵衛も湯飲みの陰にて小さく苦笑。
「だから…お前ってもしかして七番目だろうが。」
「七番…? ああ、兄弟の話でしたね。」
 武家や農家の場合、子だくさんな家というのはいまだに珍しい話ではなく。武家は何としてでも男の子の跡取りが必要だし、幼子は無事に育ち切るという保証もないからと何人でもこさえる傾向が、土地によってはいまだにあって。(ちなみに、農家なら労働力にとアテにされるため。)長じてからは長じてからで、家長制度という古くからの取り決めが厳然として定まっているがため、商家のように財産分けだの暖簾分けだので見苦しくも揉める心配も さして無いと来て。
「名前がおシチだ、七番目なんだろ?」
 勘兵衛様は御存知ですよねと、そうなんでしょう?と話を振るように視線を向けたは良親殿だったが、それへもやはり苦笑をなさるだけだったのは、どうやら…もしかして。そこまで気を回してなぞ おられなかったらしくって。詮索は趣味ではないから…だとしても、
“ご自分が傍においておいでの副官のことだのにか?”
 それはちょっと、逆に言うと迂闊が過ぎるのではと思わないでもなかったが。それだけ当人の気概を肌身で把握し、その上で信用しての重用なさっているということか。同じような判断でもしたものか、くくと小さく苦笑った七郎次だったが、そんな彼が改めて言ったのが、

 「実は私、五番目なんですよね。」
 「…五番目?」
 「七郎次、なのにか?」

 目許を細め、口元ほころばせという破顔のまんま、はいと頷首した仕草も嫋やかな副官殿ではあったれど。ふぅんと聞き流せなかったは、周囲の席にいた他の方々も同じであったらしくって。え?とか、はい?とか、それぞれなりの反応が出た様は、こんな何でもない場でも、どれだけ注視されている彼であるかの目安になったほど。
「だが…。」
 まだ納得が行かぬらしい征樹の言の先を取り、
「死産した姉も戦死した兄もおりません。健在なままの兄が二人に姉が二人いたところへの、5人目として生まれた末っ子です。」
 ああ、この話をするのは久方ぶりですねとでも言いたげな、ちょっぴり含羞み滲ませたお顔で、手元の湯飲みの縁を白い指先でなぞって見せると、
「私は上の4人からはずんと年が離れた弟でしてね。」
 そうか、だからああまでやんちゃで怖いもの知らずだったのだな。ええ、そりゃあもうもう甘やかされまくって育ったんで…って、そうじゃあなくて。
「すぐ上の姉は“末”といいまして。これでもう生まれることも無かろうと、女の子にそんな名前を衒いもなくつけたほど、あんまり“情緒”とかいうものをゆかしく味わうような風流な家ではなかったのですが。」
「…が。」
「どういう弾みか、その姉が生まれてからでも5年は経ってから、私が生まれた。」
 一番上の兄とは十二も違いますからね、どれほど“弾み”で授かったかが判ろうものですが、出来たものはしょうがない。そうして生まれた私は、いくら何でも次はなかろと、
「下手すると“留”と名付けられるところだったそうで。」
「下手すると…って。」
 全国の留さん、ごめんなさいっ。
(笑) とはいえ、この…水も垂れるようという風雅な表現を体言しているかのような、どんなに茶目っ気たっぷりな物言いをしても品があっての下卑な方へは崩れない、今風なお言いようで“鉄板レベル”で美丈夫な青年が、

 “留はなかろう、留は。”

 妖艶美麗な絶世の美女が“お熊”ではちょっと…というのと同んなじで。それはちょっと腰が砕けやしませんか?と、居合わせた皆様のほとんどが異口同音、同じことを思ったくらい。それに、

 「それがどうして“七郎次”となったのだ?」

 それは響きの良いお声でもって、勘兵衛様が訊かれたは、やっぱり全員が聞きたかった答えに他ならず。親御様の思い入れこそ絶対だったはずだろに、何でまたそんな…数が合わない名前になったかというと、

 「はい。
  実は父方の伯父がお祝いにと来た折に、
  まだ赤子だった私を見て
  “これはまた、大伯父様似のいい男じゃ”と言ったそうで。」

 結構なお年の伯父のそのまた大伯父とやら。誰も見覚えはないというお人だったらしいのですが、そういえば武勲を立てた縁者がいたのは確かだ。そのお人の名前が…。

 「確か、七郎左だったか七郎太だったか。
  まんま貰うのは厚かましかろうということで、七郎次となったそうで。」
 「…何とも曖昧な起源だの。」

 縁起が良いといただいた名前だのに、元の名が曖昧でどうするかと。良親殿が何とも怪訝そうなお顔になったのが、よほど間がよかったせいだろか。やはりやはり、周辺の席の方々が、揃って“くすす”と吹き出してしまわれたとか。

 「???」
 「まあ、そんなに御利益がありそな名なら、大事にしなということさね。」

 留もそれなり可愛かったかも知れぬが。お前ならどうせ“お留”とか呼んでたとこだろうが。あ・それいいな、男なのに“乙女”ってか? 双璧様がたのやりとり聞いて、隊士の中でも一番の末っ子にあたろう副官殿、何とも渋いお顔になって、

 「…絶対お断りしてます。」

 そうと言ったは……まま、当然のことだったろう。





  ◇  ◇  ◇



 「勘兵衛様は、私が“留”という名だったら如何しましたか?」

 一日の執務を終えてのささやかな寛ぎのひととき。副官殿の努力の賜
(たまもの)、随分と片付いてしまっての、こんなに広かったんだと感慨も深い、執務室のお隣の控えの間、別名“仮眠室”にて。きちんと整えられた寝台の縁、ソファー代わりに腰掛けたまま、これもやはり支給品の、古い古い豆のはずが…どうしてだろうか、それは深みある香りと味わいのするコーヒーに化けたものを味わっていた御主へ向けて。ソファーの上へと広げた洗濯物を丁寧に畳んでいたのをやっと終え、半日以上も前の話題を今頃になって蒸し返した七郎次であり。
「如何したかと言われても…。」
 純粋に、唐突に訊かれてもという戸惑いで眉を顰めてしまわれたは、少なくとも“どうでも良い”とまでは思ってらっしゃらないということ。それで十分と、可憐なお花の蕾の如く、小さく口許ほころばせておれば、

 「名などさして重要と思ってはおらなんだものだが。」

 どこか冴え冴えとした響きがあっての小粋な印象のする“七郎次”という名前ではなかったならば。カナリアのように小首を傾げ、お答えが出そうなのを従順にも待っている、うら若き副官の花の顔容
(かんばせ)と向かい合い、深色の眼差しだけを少しほど逸らしておいでだったものが。そうして しばし、想いを巡らせてのそれから、

 「…実はそういう名ですので、これからはそう呼んでくれと言われたら、
  やはり、少なからず面食らうと思うぞ。」
 「そ、そうですか?////////」

 ありゃりゃ、そんな真剣に考えて下さらずとも。日頃、真面目な話を取り合ってくれないこともあるお人だけに、せいぜい“何を言い出すかな”と面食らうくらいだろと思っていたのにね。そんな態度で来られるとは思わなんだか、それまではどちらかといえば平生を保っておれたものが、照れからだろか真っ赤になってしまった七郎次であり。何を今更と感じてのこと、

 「?」

 精悍なお顔を仄かに傾しがせて見せる御主へと、

 「あ、や…えとあの、か、勘兵衛様は、あの……。///////」

 訊きかけて、だが。そのまま視線を落とすと口ごもる副官殿。
「如何した?」
「…いえ、あの。」
 真っ赤になっての、片付けようと抱えていたトレイを…もじもじとますます抱き込む様子が、何とも愛らしかったけれど。
「言いかけて止められると気になるではないか。」
「ですから、あの…。///////」
 言う気はなかった、いやさ、聞きほじるつもりはなかったこと。咄嗟に誤魔化そうとしたことで、こちらへの箍が緩んでしまったか。実をいや袖斗の最も手前にあったものだから、口を衝くよに飛び出しかけたこと。

 「あの…勘兵衛様は、ご兄弟、は…。////////」

 日頃から訊きたいとしつつも聞けなかったは、何も仰せにならぬは言いたくないからではなかろうかと感じてもいたからで。詮索好きな蓮っ葉者よと思われるのも、何だか不本意だったしと。知りたいことではあったれど、無理から知ろうとしないよう、心に歯止めをかけていたのに。

  ―― だって言うのに。

 「私の兄弟か? 郷里に弟がいる。
  家督を任せて出て来て、そうさな。もう何年も逢ってはおらぬな。」

 何と軽々 口にされることか。それこそ呆気ないほどの言いようをなされたその上に、
「とうに良親にでも訊いておったかと思ったが。」
 そんな付け足しまでなさるものだから。

 「〜〜〜。////////」
 「シチ?」

 真っ赤になったそのままで立ち尽くし。足元見下ろし、うつむいてしまった若いのに気づいて。持ったままでいたマグカップを脇卓へと退け、じんわりと暖かくなった乾いた手のひら延べてやり、白磁の頬へとすべらせれば。

 「…か?」
 「? 聞こえぬぞ?」

 自分の手がこうまで武骨で大きいかとつくづく思い知らされるほど、こうするとその半分が覆ってしまえよう、細おもての小さなお顔が…かすかに震え、

 「勘兵衛様が、ご自分のこと、お話しにならないのは。
  私なぞにはまだ、過分だよって、分かちて…下さらぬということですか?」

 切れ切れなのは、よくよく文言を考え考え口にしたからか。それとも…感極まってのせぐり上げかかっているせいだろか。とはいえ、言わんとしていることは重々通じ、

 「…小難しいことを言う奴だの。」

 どうしてこの子はと、思い知らされるのはこんな時。何の企みもない素直な想いが、澄んだ物言いが、どんなに老獪な威
(おどし)で鎧っても無駄だとばかり、遮ったはずの指の間を抜け、胸の奥まで難なく貫き通る。小手先であしらわれてむむうと膨れるお顔を単純に可愛いと思うその何倍も。胸の奥底、切ない痛さでつねられているようでの、何と愛しいと思えてならぬが、

 「…。」

 それへ流されては…との、冷めた声がどこからか聞こえて、我に返るも常のこと。気遣いが空回りしたのへと、一途なあまり我を忘れているだけのこと。共に頽れてどうするかという淡とした声が立ち、胸の裡に灯りかかった明かりを何とか押さえ込む。火照りの滲んだ頬に触れたまま、

  「目の前にあって、触れられるだけでは満足出来ぬか?」

 そんな言いようを返してやる他はなく。お気持ちこそが欲しいと望む健気な子への、なのに気づかぬ振りを装った、何とも下手な逃げ口上であることか。彼の側でも、
「…。」
 どこか悲しげに目許を歪めてしまうから、躱されたのだと気づいているに違いない。聡くてしかも優しい子。責めて詰
(なじ)るは筋違いと思うたか、顔を伏せての視線を伏せる。そんな身の処しようがまた、心より睦んでの愛でたくてやまぬほど、この腕へと引き込んでの抱き寄せて、泣くなとあやす引き換えに何もかにもを晒け出したくなろう 立ち尽くしようじゃあないかと思いもするのだが。それでも…

  “こればかりはしようがない。”

 この身の裡
(うち)に抱えた暗渠へ、この若者まで引きずり込む訳には行かぬのだ。せいぜい煙たがられての距離を取ってもらわねば、先のある彼もまた、幽鬼に見入られ、死びととしか向かい合えぬ、枯れた道しか選べなくなろうから。
「…。」
 宥めるように頬を撫でれば、その手をそおと取られてしまい。甲に描いた六花へと、やわらかな口づけ、誓いのような敬虔なお顔でそそいでくれる優しい子。もう一方の六花を白い首元からうなじへとすべらせ、髪どめを引いてほどくと…それが言わずも通ずる合図であり。身を寄せて来たを待ち受けて唇重ねれば、
「…
。」
 かすかな吐息に熱が加わる。甘さの増した蜜なる囁き、こらえが利かずに零れ出すを。余さず拾わんと啄み尽くし、もっと密にと口元を押しつけ合おうとしたその刹那、

  ―― かん、と。

 夜陰の森閑を乾いた音が不意に叩いた。足元から堅く立ったその物音へ、はっとして同時に見下ろせば。七郎次が抱えたままでいたトレイが、萎えて緩んだ腕からスルリと抜け出し、落ちたらしく。

 「……。」
 「……。」

 何ともし難く 言い難いとき、人という生き物はどうするか。そう、笑うしかない。状況へのみならず、互いの頑迷さや馬鹿げた固執へ。眸が眩みそうになるほどの愛おしさへ、なのに素直に身を差し出せぬ片意地の張りようと、それから…そうだというに見切れない、未練がましさへの苦々しさへ。錯綜した想いを糊塗するかのよに。くっと吹き出したそのまま、低く沈んだ笑い方をしておれば。そちらはそちらで やはり“しようのないお人だ”とでも思っているものか、淡い苦笑を浮かべる顔が、薄闇の中に伺い見えて。

 「来よ。」

 そのままでの仕切り直し。寝台の縁、浅く腰掛けていたところへ引き寄せれば、膝を割り、軽くまたがるほどにも擦り寄って来たったのも、笑い合ったその余波からだろう。そんなしてもまだ、含羞みから伏せがちとなってしまうお顔、額で押しての上げさせれば、蚊の鳴くような小さな声にて、


  ―― お情けを、くださりませ。


 せめてもの温み。心まではくださらぬとお言いなら、存分に分けてくださりませと。そのような明け透けな甘え方はしない子が、羞恥に頬染め、声を切れ切れに掠れさえつつも、過分なおねだりを故意
(わざと)に言の葉へと乗せるは、誤魔化された振りまでしてくれようということだろか。

 「…。」

 午後の執務のその後、やはり袖の短かな軽装でいた彼の、まだまだ今少しほど 熟し切らない肢体をくるんだその薄衣越し。なだらかな肩を撫で、その手をそのまま背中へ回し、かいがら骨の上へと伏せおけば。こちらの肩口、頬を伏せ置く呼吸を身につけた、それでもまだ青き情人へ。細いうなじを染めるは蒼い月蛾のこぼす光雨。それさえ愛しくも頼りなくてのつい、強く強く掻きい抱き、せめて離さぬとの我を張って見せれば。耳元近くで零されし、細い吐息が勘兵衛の、肩まで延ばした髪へともぐる。それが さてどこまで、彼のその身のうちへと、染みとおってゆくものか……。






  〜Fine〜  08.7.14.〜7.16.


 *中盤で何だかふざけた話題を取り上げてしまっててすいません。
  (そのせいでタイトルも何だか妙な代物に…。)
  でもでも、戦国時代の武将の名前って、
  一体何人分だというほどごちゃごちゃくっついてませんか?
  三郎五郎とか彦佐衛門頼近とか、
  古文書を読む課題で“んきぃ〜”となった覚えは数知れず。
  (似たような名前が多かったので混乱させられたんですな。)
  太郎さんと次郎さんでもいいじゃんか、
  どうせ名字がまた在所まで入ってて長いんだからと。
  そんな風に感じたのを思い出してのつい。
(笑)

  そして本題、終盤の語らいが異様に短くなったのは、
  はっきり言って書き手が照れたからです。//////////
(おいおい)
  だあもう、何をためらい合っとるか、あんたたち。
  心の底じゃあ、さして変わらぬ思いの丈を持ち合ってるくせに。
  片やは大人の分別から、片やは傷つくのが怖いから、
  踏み出せずにいるお方々なのが、
  自分でそうと設定しといて言うのも何ですが、
  まあまあ歯痒いったらありゃしない。(…わ、我儘な。)
  大戦捏造は、こんな雰囲気のお話ばっかになりそうですので、
  どちら様も どかお覚悟を。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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